マスヲの療養日記

大腿骨骨折の治療のための入院の日々についてを語ります

何もなかった正月

 病室で過ごしたのだから当たり前のことなのかもしれないが、例年以上に特別なことがないお正月だった。

 入院していることは非日常であるので、それ以上のトピックはなかった。

 

 何処にも出かけられなかったこともあって、会った人も限られていた。

 正月中の面会者は母親とフリーター時代からの友人二人。

 その友人にあまりblogを更新していないと言われたこともあって、なんとなくキーボードを叩きはじめた。

 特別に書くことなんて何もない気はしたけれど。

 

 自宅に届いていた年賀状を母親が届けてくれた。

 相手によっては自分が入院していることを知らなかったので、こちらから電話をすると驚いていた。

 

 今のところ、娘は見舞いに来ていない。父親らしいことはしていないから仕方がないとは思うし、みっともないところは見せたくない気もするから、気持ちは少し複雑だ。

 

 もし、来たらお年玉を用意するつもりだった。

 財布の中はペラペラなので病院にあるATMでお金を下ろすつもりだった。

 ただ、三元日に病院のATMの使用は可能だったのだろうか。

 

 今のところ、母にもお年玉をせびりには来ていないようだ。

 しっかり貯めこんでいる叔父さんからも自分の分までもらって欲しかったのだが。

 

 リハビリ担当者から、年末年始は自分自身でリハビリするように言われている。

 足首に巻く重りも借りていたが、あまり使っていない。

 松葉杖で歩くこともめっきり減っている。

 

 怠け者の性格だから仕方がないだろう。

 年を越してからは特に無気力になっている。

 怪我をした箇所が特に痛む訳ではないけれど、何もする気が湧いてこない。

 ひょっとしたらそれは、退院する日がリアルになってきたからなのかもしれない。

 シャバに出たら働くはじめる日はすぐそこ。労働という行為が目の前に迫ってきたのが嫌でたまらない。

 入院食はもう食べたくないが、永遠にお金の心配をしなくて済み、働かなくてもよいのであれば我慢できる気もする。

 

 苦手な人や会いたくない人に会うだけでも苦痛な自分。

 個室に入院している今は、それらが最低限で済んでいる。

 そんなこともあってか、今年の正月は個室から出ることも少なかった。

 他の入院患者と会話することも数えるほどだった。そんな時間は貴重だった。

 あと一か月もしたら、やたらに多くの人とコミュニケーションを取らなければならない。

 そんなことを先に捉え過ぎて既に気疲れしているような気もする、今日このごろ。