通り過ぎる
木曜日の午前中に主治医が自分の病室を訪れた。
午前中に姿を見せるなんておそらくはじめて。いつもは夕方に訪れるのでちょっと驚いた。
ほぼ毎夕、病室まで訪れるのだが水曜日には姿を見せなかったので、その代わりかなとぼんやりと思った。
会う時には手術着のままも多いのだが白衣だったので、外来診察の合間だったのだろうか。
開口一番、退院してもよいと言われた。
火曜日に撮ったレントゲンの結果、水曜日から右足に全体重を載せることは許可されていた。
松葉杖から平行棒、杖や壁に手を添えての伝い歩きのリハビリに励んでいるが、右足の動きがぎこちないせいでスムーズには歩けていない。
リハビリを担当している理学療法士や担当の看護師とも相談して、月曜日にレントゲンを撮って問題がなければ火曜日に退院することを仮決めした。
杞憂もある。レントゲンの結果に問題があったら、と。
また、今の自分には杖がないと歩くのは厳しい。杖無しで自然に歩けるように戻れるか、全く自身が持てないでいる。考え出すと切なくなるが仕方がない。
全部自分の蒔いた種だから。
それでも、退院には良いタイミングのような気もする。
病院での暮らしは居心地がよいものではないし、他人との共同生活は気疲れもするからだ。
数日前から自分が居る病棟で感染症が流行っていると看護師から聞いた。
相部屋の患者の割合が高いらしいが、入院患者として内側から見ていると仕方がないとも思う。
病院側もそれなりに配慮はしているが限界はあるからだ。
入院患者として内側から見ても人の手が足りないことは明らかだから。
病院経営にはお金がかかるので仕方がないのかもしれないが、今のままだと遠くない未来に大きな問題が発生しなければと思っている。
退院が現実日を帯びてから、リハビリに本腰を入れ始めた。
それまではリハビリ室に呼ばれた時に言われたことだけをしていたが、ここ数日は違う。
来月から街中でバスに乗って通勤するのが心配になってきたからだ。
朝の通勤時間の混雑したバスで数十分も立ち続けるのは今の自分にとってかなりハード。
また、手術してから半年の間までしか歩行機能は回復しないと書かれていたネットの文章を読んだこともある。
このままだと、スキーやスノボが楽しめない可能性が現実味を帯びてきた。
出来の悪い子供が夏休みの終わりに追い込まれて一気に宿題を片付けるような姿に近いのかもしれない。
追い込まれた自分は朝飯前も歩行訓練などのリハビリをはじめた。
今朝、ある病室の前を歩いているときだった。看護師が押している患者のベッドとすれ違った。
ベッドには顔が白い患者が横たわっていて、ベッドの後ろには数人が着いて歩いていた。
歩いていた彼らは制服姿ではなかったし、患者の私物らしきものを静かに持っていた。おそらく身内だったのだろう。
その患者は亡くなったようだった。
死が身近にあることを思い出させてくれた一瞬だった。